人を思い通りに誘導できる!?注目を集める「ナッジ理論」とは

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今も昔も変わらず、サービスや商品を世に出したいと思った場合にはマーケティングに関する知識が必要です。一方で、自分の身に置き換えてみても人間とは「必ずしも合理的に行動をするわけではない」生き物であり、マーケティングの奥深さもこの点にあります。

このような人間の「非合理的」な部分にフォーカスした学問が「行動経済学」であるという点については、AIが完璧なマーケティング戦略を立てられる日は来るかの中でお話してきました。そして近年、その行動経済学において「ナッジ理論」というものが注目されています。聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、実はマーケティングの現場で数多く取り入れられている手法の礎となっている理論です。今回はこの、ナッジ理論について説明していきます。

ナッジ理論とは?

「ナッジ(Nudge)」とは元々、「ひじで軽く小突く」「そっと押して動かす」という意味の英語です。それが転化して、行動経済学の分野では「そっと後押しして、自発的に望ましい行動を選択するように促す」ことを指すようになりました。2017年にシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が、行動経済学を実社会で役立てる一つの方向性として示した「ナッジ理論」でノーベル経済学賞を受賞したことで大きな注目を集めることとなり、現在では「ヒューリスティック」「プロスペクト理論」と並ぶ、行動経済学の大きな柱の一つになっています。

ナッジの大きな特徴は、相手に強制することなく、望ましい行動を取らせることができるという点です。日本でも環境省が2017年4月に産学官連携の「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」を設立したほか、多くの企業がマーケティング戦略に採用していたり、厚生労働省も政策に採り入れていたりするなど実用性が高いものとなっています。

ナッジ理論は「Easy(簡単、簡潔)」「Attractive(魅力的)」「Social(社会的)」 「Timely(タイムリー)」の頭文字をとった「EAST(イースト)」と呼ばれるフレームワークによって構成されています。

E:Easy(簡単)
人は、簡単で楽な行動を選びやすい

A:Attractive(魅力的)
人は、自分にとって魅力的なものを選ぶ

S:Social(社会的)
人は、社会規範に影響を受ける

T:Timely(タイムリー)
人は、タイムリーなアプローチに反応しやすい

ナッジの代表的なテクニック①「デフォルト」

選択の自由がある場合に、選ばせたい選択肢を初期設定にしておくことを「デフォルト」といいます。人間は情報が多い状況下では考えることをやめ、自身の経験から素早く答えを導き出す「ヒューリスティック」を使う傾向があります(詳しくは、AIが完璧なマーケティング戦略を立てられる日は来るかでご説明しています)。そのため初期値として設定されているものを変更せず、そのままやり過ごしてしまいやすいのです。

(例)
・Webサイトなどの会員登録画面で「メルマガを受信する」にチェックが入っている
・ネットショッピングの決済画面で「お気に入りショップ登録」にチェックが入っている
・旅行プランを選択する際に、旅行保険のオプションがあらかじめ付いている

ナッジの代表的なテクニック②「保有効果」

「保有効果」とは、自分の持っている物に実際よりも高い価値を感じ、その物や環境を手放すことに強い抵抗を感じる心理効果のことです。人間にはそもそも損失を回避しようとする「損失回避性」があり、保有効果にはこの損失回避性が関連しています。保有している物を失うことはすなわち「損」を感じるため、なかった物を得る「得」よりも、心理的インパクトが大きいのです。保有効果は、実際に手にしていない物に対しても働くことがあり、ネットオークションや予約販売などの場面でも見られます。

(例)
・ネットオークションで一度でも入札すると、自分があたかもその商品の所有者であるかのような心境になり、他人が価格を更新するとさらに高額で入札してしまう。
・商品やサービスを「30日間無料お試し」で使っているうちに、自分のもののように感じてそのまま購入してしまう
・「抽選販売」に応募した場合、結果が出るまで擬似的に所有している感覚になり、その商品への愛着が湧く。そのため、抽選に外れた場合はその商品を「失う」ことになるため、その商品をさらに切望するようになる。

まだまだある!身の回りで見られるナッジの例

ここからは、実生活で見られるナッジの例をご紹介しましょう。

・レジの会計待ちの際、床の線や足型に沿って並んでしまう

コンビニやスーパーで会計をする際、レジ前の床に書かれた足型を目にすることがあります。特に、現在のようなコロナ禍では、客同士が適切な距離を取るための目安となる線も増えました。それらを見ると、私達は誰に強制されるでもなく、その線に沿って並ぼうとします。これらの線や足型を見たことによって、店側の要望に沿った行動を知らず知らずのうちに選択しているのです。

・スーパーで買い物かごを持つと、予想以上に物を買ってしまう

飲み物だけ、ちょっとしたお菓子だけ、と軽い買い物をするためにスーパーを訪れたはずなのに、カゴを手に持って店内を歩いているうちに、いつのまにかカゴいっぱいの商品を買っていたという経験のある人は少なくないはずです。人はカートやカゴに大きな空間が開いていると、つい空間を埋めたくなってしまうという習性があります。コストコなどは顕著な例ですが、必要以上に大きなカゴを用意しておくことで、売上が増加するというテクニックです。

・「みんなが受けています」と言われると検診に行く気になる

厚生労働省は、がん検診対象者に対して「行動に至るきっかけの提供」を目的としたより効果的な取り組みとして「受診率向上施策ハンドブック」を公開しています。この冊子ではナッジ理論に基づいた好事例がいくつも紹介されており、例えば東京・八王子市では前年度の大腸がん検診の受診者に「受診しないと来年は検査キットは送付されなくなります」というメッセージを送ったところ、受診率の向上がみられることが確認されました。

また、高知県高知市で「過去10年間で高知市の受診率が1.3倍に増加しました」とのメッセージを採用したところ、「高知市」という自分の住んでいる具体的な地域名が記載されたことにより情報に対する興味関心度が上がり(カクテルパーティ効果)、「1.3 倍」という具体的な数値を示したことで検診は人気があるんだという印象を与えることに成功しています。

受診率向上施策ハンドブック(第2版) ※厚生労働省HPより

まとめ:

人に行動を強制することなく、あくまで「自発的に」望ましい選択肢を選ぶように促すテクニック「ナッジ理論」。現代のマーケティングにおいて注目の理論であり、ご紹介した以外にも数多くの事例があります。実生活でも採用されるようになってきたこのテクニックを知っておくことで、自らの売りたい商品やサービスをより効率的にヒットさせる手がかりになることでしょう。

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ABOUTこの記事をかいた人

ビジネスパーソンのリスキングを支援するパラレルキャリア研究会を主宰。 【経歴】 京セラ→アマゾンジャパン→ファーウェイジャパン→外資系スタートアップ→独立(起業)。早大商卒、欧州ESADEビジネススクール経営学修士(MBA)。「デジタル戦略コンサルティング(社外のデジタル戦略参謀)」、「講師業」、「Webアプリ開発」、「データサイエンス」を生業にするパラレルワーカー。