AIが完璧なマーケティング戦略を立てられる日は来るか

AIが完璧なマーケティング戦略を立てられる日は来るかのアイキャッチです

私は以前、社会を変革する5つの「破壊的」デジタルテクノロジーとして、人工知能技術(機械学習エンジン)をご紹介しました。人工知能(Artificial Intelligence、AI)とは、「学習・推論・判断といった人間のような知能を再現するコンピューターシステム」のことで、IT、サプライチェーンマネジメント(SCM)、財務などさまざまな分野での活躍が期待されています。

それでは今後、マーケティングの分野でもAIが人間に取って代わり、完璧なマーケティング戦略を立案できるようになるのでしょうか。ヒット商品やサービスを世に出したい場合に、AIが導き出した戦略を実行すれば思い通りに売上がアップする、そんな夢のような未来はやってくるのでしょうか。

AIで完璧なマーケティング予測はできない

結論から言いますと、私はAIが完璧なマーケティング戦略を立てられる日は来ないと思っています。なぜなら、「人間は必ずしも合理的に行動をするわけではない」からです。例えば、ダイエット中なのにお菓子を食べてしまった、貯金をしたいと思っているのに衝動買いをしてしまったなど、禁煙中にタバコを吸ってしまったなど、目的に沿わない行動=非合理的な行動をとってしまった経験は誰しもあると思います。時と場合によって現れるこれら人間の非合理的な側面を、アルゴリズムを基にしたAIに理解させることは難しいでしょう。

一方で、このような人間の「非合理的」な部分にフォーカスした学問が「行動経済学」です。これまでの伝統的な経済学では、「人間は常に自分の利益を最大化する合理的な選択をする」という、「超自制的」「超合理的」「超利己的」な人間像を設定していました。しかし、先に述べたように実際の人間の行動は大きく異なります。しかも、「頭では分かっているけれどできない」という場合だけではなく、正しいと信じて行った選択が、実際は非合理的であったというケースも少なくありません。これら実際の人間の行動をもとに理論を形成した学問が行動経済学なのです。

それでは、我々が日常生活で取りうる非合理的な行動を当てはめながら、行動経済学の柱となる考え方「ヒューリスティック」と「プロスペクト理論」について見ていきましょう。

素早く答えを出す直感「ヒューリスティック」

ランチタイムにレストランでメニューを決める際に、10分も20分もかけて何を頼むかを悩むことは稀でしょう。大抵の場合はそれぞれのメニューをイメージして、「これにしようかな」と、ほぼ直感で決定するはずです。このように、過去の経験などを参考にして瞬時に決定を導き出す意思決定のプロセスを「ヒューリスティック」といいます。

我々人間の思考には大まかに「直感」と「熟考」という2つのモードがあり、基本的には素早く答えを出せる直感が使われています。しかし、パソコンや大型家電といった高価な物やこだわりの品を買う際にはさまざまなスペックを比較検討して熟考します。このように、情報を集めてじっくりと検討する思考を「システマティック」といいます。人間は直感と熟考をケースバイケースで使い分けているのです。

伝統的な経済学では、人が選択をする際には「システマティック」を用い、多くの情報を吟味してから決断するとされてきました。しかし、全ての場合にそのような判断方法をとるのは手間や時間がかかりすぎます。そのため、行動経済学では安価なものやこだわりのないものを購入する場合、また瞬時に判断するには情報が多すぎる場合には「ヒューリスティック」を多用すると考えられています。

しかしながら、ヒューリスティックは直感に基づいているため、状況によっては偏った考え方(バイアス)を引き起こしてしまうこともあります。以下がバイアスを生み出すヒューリスティックの代表例です。

①利用可能性ヒューリスティック
よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法
(例)「友人が使っている」「CMで見た」など、なじみのあるものを選択する、喧騒の中でも相手の話だけを聞き取ることができる

②代表性ヒューリスティック
代表的(典型的)なものだけを見て、それが全体を反映していると結論づける考え
(例)「5人中4人の体重が減少したサプリ」の効果を信じる、日本人はおとなしくて真面目というステレオタイプなイメージを持つ

③固着性ヒューリスティック
自分の考えや最初に与えられた情報に固着し勘違いをするケース
(例)希望小売価格より安い商品に魅力を感じる、第一印象がいい人間を信じる

損得が不確実な状況で意思決定をする「プロスペクト理論」

プロスペクト理論とは、2002年にノーベル賞を受賞した行動経済学者のダニエル・カーネマン氏が提唱した学説です。予想される利害額や確率などの条件によって、人間がどのように意思決定を行なうのかをモデル化したものです。具体的に我々は、自分に与えられた選択肢を認識して基準となる「参照点」を決定する「編集段階」、損得勘定や確率計算を行う「評価段階」を経て、どの選択肢が自分にとって最も満足度が高くなるかを判断して行動を決定するとされています。

しかしながら我々は「評価段階」として行う損得勘定や確率計算を必ずしも合理的に行っているわけではありません。大まかに、以下のような特徴があるとされています。

利得に関してはリスク回避的、損失に関してはリスク追求的である。低い確率を過大評価する。
損失は、同額の利得よりも強く評価される(損失回避性)。

例えば、当たる確率が低いと分かっていても宝くじを買ってしまう、1000円を拾った時よりなくした時のほうがショックが大きいなどはその例です。

行動経済学こそがマーケティングである

行動経済学が生まれたのは1970年代の中頃であり、学問の中では比較的新しいものですが、これまでに3人もの研究者がノーベル賞を受賞している注目の分野です。伝統的な経済学が立証してきた理論を基に人間特有の考え方やクセを踏まえて実際の行動を検証するため、行動経済学は「経済学と心理学のハイブリッド」と表現されることもあります。

さらに、マーケティング研究の第一人者であるアメリカの経営学者フィリップ・コトラー氏は「行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない」とも述べています。つまり、行動経済学は経済学の理論と実際の消費者行動を組み合わせた新たな分野であり、マーケティングの現場で実践されてきたことを学術的に紐解いたものだと位置づけています。自身で売りたい商品やサービスがある場合には、行動経済学を学ぶことは大きなアドバンテージになるのです。

まとめ:

マーケティングは不確定で非合理な行動をとる人間を対象にする以上、アルゴリズムで動くAIで完璧に予測を立てるのは、非常に難しいと言わざるを得ません。一方で、人間に特有のこれら「非合理的な側面」を利用したマーケティングというのは世の中に多数存在します。それらについては、また改めて別の記事でご紹介したいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

ビジネスパーソンのリスキングを支援するパラレルキャリア研究会を主宰。 【経歴】 京セラ→アマゾンジャパン→ファーウェイジャパン→外資系スタートアップ→独立(起業)。早大商卒、欧州ESADEビジネススクール経営学修士(MBA)。「デジタル戦略コンサルティング(社外のデジタル戦略参謀)」、「講師業」、「Webアプリ開発」、「データサイエンス」を生業にするパラレルワーカー。